2022年08月02日
サンデー毎日「会社の流儀」掲載
米糠成分を練り込んだ靴下『歩くぬか袋』を開発
〝夢みる企業〟が体現する「ものづくり」の心意気
㈱鈴木靴下
鈴木 和夫 社長
2022年08月02日
サンデー毎日「会社の流儀」掲載
㈱鈴木靴下
鈴木 和夫 社長
全国で2番目に小さい市町村である奈良県磯城郡三宅町。この地に本社を置く株式会社鈴木靴下は、農家を兼業しながら1958年に創業した。同社は当時まだ珍しかった子供用靴下の製造を主軸に実績を積み、87年より大手スポーツメーカーのOEM製造に参入。その技術力が高く評価され、現在はJ1で活躍する7つのサッカーチームのソックス製造を担う。
「小学2年生の頃、『ぬか袋』で学校の廊下を乾拭きすると、詳しい理由はわからないが、とにかく床がピカピカになった。そのことをずっと覚えていました」
と話すのは、2代目を担う鈴木和夫社長だ。
「ぬか袋」は米糠を布袋に入れたもので、石鹸が普及する以前は体をきれいにするために使われた。米糠を形成する胚芽部分には「γ-オリザノール」をはじめ、植物ステロールやトコトリエノールなどの天然成分が凝縮し、米糠由来の成分「フェルラ酸」は、〝お米のポリフェノール〟と呼ばれている。日本で最初の化粧品とも言われる「ぬか袋」は、今なお美容面からその効能が注目されているのだ。
鈴木社長は大学卒業後、家業に従事する中で、精米時に発生する米糠の山を廃棄するたびに「これを何かに利用できないものだろうか」と考えながら、自分が小学生の時の、あの経験を思い出していたという。
「『ぬか袋』のような靴下があれば、肌もきれいになるのではないだろうか?」
社員が数十名のいわば零細企業が手作りで糸から開発するなど、繊維業界でもほとんど前例のない物語は、こうして動き始めた。
鈴木社長はまず、糸商の扉を叩き「米糠の糸を作ってみてはどうだろうか?」と打診した。しかし米糠に馴染みの薄い多くの人と温度差があったのだろう、この時は誰も興味を持ってもらえなかったという。
ならば、と鈴木社長は自ら米糠に靴下を浸して数時間煮込んでみたり、樹脂に米糠を混ぜようとして腐敗させてしまったりなど、独自の発想で「米ぬか繊維」の製造を試みるが、思うようにはいかない。
やがて糠自体について深く知る必要を感じた鈴木社長は「米と糠のみ」専門に研究していた故・谷口久次氏(和歌山県工業技術センター化学部長)を訪ねた。
「谷口先生からは『この研究は一人で押し進めること』と教わった。大勢の意見を聞いていると無難な結論を導き、何も新しいものが生まれない。事業化が見込める時点で皆と力を合わせれば、最後にはいいものができるよ、と。これは大変大きな支えになりました」
取り扱いが難しい米糠の処理について、谷口氏より細やかな手ほどきを受けた鈴木社長は、ようやく米糠成分の抽出と融合に成功。手作りで出来上がった米糠ソックスを履いてもらった60人のモニタ―からは「足のつやが良くなった」「足肌がすべすべになる」と狙い通りの声が集まる一方で、洗濯すると米糠成分が落ちてしまう課題が残った。
その後、関西に工場を持つ紡績会社との協力の元、改良に改良を重ねた結果、遂に洗濯しても落ちない米糠の天然美肌成分をレーヨンに練り込んだ『米ぬか繊維SK』は誕生した。
紡績会社との直接取引にあたり、同社は10㌧もの『米ぬか繊維SK』を買い取らなければならなかった。1㌔㌘すら売れる目途が立たない時点で、そのリスクは相当に大きい。社内でも理解の得難い状況があっただろう。それでも鈴木社長は前に進んだ。
「家内だけは応援してくれました。谷口先生の教えも大きかった」(鈴木社長)
こうして2006年、米糠成分が練りこまれた靴下『歩くぬか袋』は、ようやく商品化に至った。
「他のどこにもない」この商品は、決して最初から順調に売れたわけではなかったが、同社は『米ぬかエステネックウォーマー』『米ぬかおやすみ手袋』など、『米ぬか繊維SK』を更に進化させた商品開発を展開。
10年には「健康で、安心できる繊維製品」として世界が認める「エコテックス規格100」最高レベルである「製品クラス1」の認証を受け、翌11年には皮膚アトピー協会より「敏感肌の人にも優しい推奨品」としても認定された。米糠の天然美肌成分が及ぼす保湿効果が一定の評価を集める一方で、「エコ」や「SDGs」の方向性にも呼応する同社の商品は、各方面で話題を集め、今も様々なメディアが注目する。その影響力に「品質」が応え、徐々に販売を伸ばし、ファンを獲得してきた。
ここ数年はECによる直販に力を入れる同社。『歩くぬか袋』締め付けない靴下は、シニア層にやさしく寄り添う商品として、昨年の敬老の日シーズンにはⅠ千万円以上を売上げた。
また同社は肌着の分野にも進出。『米ぬか繊維』を更に進化させたレディース肌着ブランド『NUUKA』は、〝着ていることを忘れるほどのフィット感〟を売りにしたラインナップが揃っている。こちらも今後の展開が楽しみだ。
「時代のニーズを追うのではなく、消費者が求める『WANTS』を生み出すことに注力しています。今後は直販を増やすことで、顧客の声を積極的に掬い上げて、商品に反映していきたい」
と話す鈴木社長は、これまでと同様、売上利益を追求することよりも〝夢見る商品開発〟を推進することで、次世代にバトンをつなげていく方針だ。
今も原点である兼業農家を継続し、自らトラクターを運転しているという鈴木社長。同社は現在、ここ三宅町の地に『米ぬか製品』の第1号となるショップを建設中だ。すでに基礎工事が終わり、年内にはオープンの目途が立っている。
「第1号店は東京でも大阪でもない、敢えて『米ぬか製品』が生まれたこの地を選びました。春には小鳥がさえずり、梅雨には蛙が鳴き、行き交うのはトラクター。1号店はこの場所でなければ意味がないのです」
鈴木社長が最後に「靴下を売ろうとしているわけではない」と話してくれたのがとても印象的だった。
【会社データ】
本社=奈良県磯城郡三宅町小柳23-1
☎=0745-44-0132
創業=1958年4月
資本金=1000万円
従業員数=41名
売上高=4億2700万円
事業内容=スポーツソックスの製造ほか、自社オリジナル製品「米ぬかソックス」などの商品開発・製造販売。
https://www.suzuki-socks.co.jp/
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